3.利根水郷ライン
 千葉県境の江戸川を渡る。新葛飾橋から日の出が見えた。時刻は5時30分をいくらか前だろうか。なかなか大きな橋で、少し下流に彼の有名な『矢切の渡し』が1615年より未だに途切れることなく営業されている。矢切の渡しは、江戸時代初期、地元民専用に耕作・日用品購入・社寺参詣などの目的のために、徳川幕府が設けた利根川水系河川15ヶ所の渡し場のうちのひとつ。歌謡曲『矢切の渡し』の大ヒットが比較的記憶に新しいのでは?
 自宅より混雑しつつも流れの良い国道6号線水戸街道を進むこと30分、急に視界が開け、一面の田畑に出くわした。利根川までもう少しだし、この際下に下りて農道で水郷ラインを目指すことに。空気は冷たく澄ん・・・ガスっていた(汗、朝靄(あさもや)か。そういえば大分日が昇った。朝焼けの、1ヶ月半の間、週1〜2回洗浄保護しまくったホーネットが綺麗だ。  
[ 利根川 ]
 
利根川は、群馬県利根郡水上町の大水上山の南峰の東斜面から銚子市まで322キロの日本第2位の流程を誇る川。通称「坂東太郎」と呼ばれている。(ちなみに九州筑後川が筑紫次郎、四国の吉野川が四国三郎)上流で片品川や赤谷川など、中流では吾妻川や渡良瀬川などと合流し、中川、江戸川を分流する。下流では鬼怒川、小貝川と合流する。驚いたことは、江戸時代の初期までは現在の東京湾へ注ぎ込んでいたことだ。(現在の中川の流路とほぼ同じ)銚子市へ向かう流路をとるようになったのは江戸時代1654年に江戸の洪水の危険を減らすために徳川幕府によって関東郡代・伊奈氏に流路を東に変え、鬼怒川の流路へと変えるように命じたことによる。1594年に開始し、1654年までの60年間を費やし完成。徳川300万石の楚を築いた。現在では銚子花火大会の舞台になっている。
 利根水郷ラインを走り始める。序盤は堤防脇を走り広大であろう利根川は見えない。右手には育ち盛りには遠い作物の田畑が広がっていた。それにしても寒い。走行中の気温は9℃・・・1時間は頑張ったがメッシュグローブではきつ過ぎて急遽ゴアテックスウィンターグローブに取り替えた。まだ早いけど試して見たかったのだ、((;゚Д゚)ガクガクブルブル(汗
 利根水郷ラインは東京北東部から千葉北部の佐倉・佐原・銚子への連絡路。信号も少なく本来は快適に違いない。しかし現状は大型車が行き交う産業道路の感が強くマイペースに走ることはできない。路肩も狭く駐車して写真など無理。しかしそれも佐倉を過ぎると路肩は大きく、道は空き、対岸には草を食む牛の群れが戯れていた。やっと開放的な空間に出会えた。ツーリングしてるんだ、という気になってきた!  
 起点より約90分、7:10、利根水郷ラインは田園風景から佐原市街に入った。道路も広くのんびりとした町並みだが、7−11の周りを見渡すとテナント募集のオンパレード。不況の爪痕か。ここで持参のパンと7−11で購入したコーヒー350PETで朝食。あ、あったまる。。。ゴアテックスジャケットは中にTシャツ1枚でも寒くなく快適だがメッシュグローブのせいで体温が冷えてなかなか戻らなかったのだ。最初からウインターグローブにしておくべきだった・・・orz
 ここからの利根水郷ラインは河川より数百M離れてしまい写真のように村落の間を縫う道となる。物陰に警察官が5,6人立っていて煙草すったり談笑していた。どうやら春の交通安全運動週間がはじまっているようだ。そう思っていると後ろから物凄い爆音が。ノーヘルの田舎の族のようだ。物凄いスピードで駆け抜けていった。捕まえてほしいものだ。突っ立ってないで。  
 村落を抜けると左手に殺風景な田園風景が広がった。「水郷」を体感するにはやはりまだ早いか。利根川はというと、けっこう川から離れてしまっている。この辺はそろそろ最下流域のようで川幅が広く海にさえ見えた。
 長く遥か対岸へと伸びる橋に着いた。昨夜MAPで通ろうと思っていた利根かもめ大橋だ。『人と自然にふれあう躍動間のある橋』をテーマにカモメの羽ばたきをイメージし、自然と調和するデザインにした平成12年3月18日(土)開通の150円の有料橋、どんな風景を見せてくれるだろうか。  
 1,145mもあるかもめ大橋は、どこまでも伸びるまさにハイウェイ。潮の香りとともにストレートが気持ち良く開放感いっぱいに走ることができる。規格は第2級だがものすごく路面は綺麗。いいよ〜。
 走行中下流方向を眺めると川の幅の広さがわかる。ほとんど海だよ、これ。  
 対岸には料金所があり、その脇にはトイレ付属のこ綺麗な小公園、パーキングエリアに着くと、こちらからも橋を眺めてみた。橋梁がかもめの翼をイメージさせる。かもめが手をつないで「パータッチ」しているようだ(古・・・。大きな人工建造物は、遺跡から近代建築まで何か心を惹かれるものがある。雄大な気持ちになれるのだ。
 料金所前のパーキングエリア。この木といい、南国ムードがでている。気温は17℃まで上がってきた。自動料金所で150円しはらい通過する。  
 かもめ大橋後右折して南下するために国道124号線に出る。124号線は銚子から鹿島を遠回りにつなぐ。工業地帯を1本内にはいっているので、その直線的な道路は意外とトラックも少なく快適。
 124号を行くと銚子大橋だ。昭和37年12月10日に開通した橋。総延長1,450m、橋長1,203mで川面に架けられた橋では日本一の長さを誇る。かもめと銚子大橋の為に124号線を使って遠回りしたのだ。電光掲示板には「風速〜mの強風時封鎖」とあった。それだけ海に近いのだろう。橋の入り口は昭和49年まで設置された料金所の名残。  
 「春は靄で霞む」という詩の通り対岸は霞んでいるが港・工場がズラーット並んでいる。
 時価8億円超の巨額を投資して建設し、42年が経過した大橋は、塩害により老朽化が進み20tを超える車両は通行禁止となっている。通勤・帰宅時間の渋滞がひどく、かもめ大橋に期待されたが150円の有料さが手伝って解消されていないようだ。僕は9時頃に通ったので混雑程度で済んだようだ。お、赤い鉄橋が見えてきた。  
 かもめが多いことで知られる銚子大橋だが何羽か泊まっているだけ。群れの横切りでの歓迎を期待していたのだが(笑。鉄橋部分は塗装し直されて赤いのだが道路の方は昭和を感じる。しかし長い橋だ。銚子市街が遠く感じる。路肩も無く駐停車禁止。歩道もないので写真は走行しながら。霞まない季節に眺めてみたいな、将来のかけ直し後に再度訪れてみるか。
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